演劇界の巨人・野田秀樹さんが東大入学式の祝辞で語った
「6万年分の記憶」と「記憶の化け物・AI」という言葉に触れ、
なんとも深くうなずいてしまいました。
AIの便利さを認めつつ、それでもなお、企業と生活者の共創において
場の空気や作り手の感性がなぜ大切なのかを、こらぼたうんの実感として綴ります。
🧭 この記事で伝えたいこと
- AIは情報整理や文章作成にはとても優れています。
- 一方で、生活者との対話で生まれる間・表情・沈黙・笑いまでは十分に読み取れません。
- 共創では「何を聞くか」だけでなく、どんな空気で聞くかが大切です。
- AI時代だからこそ、人の感性や場づくりの価値はむしろ高まっていきます。
AIはすごい。これはもう、本当に間違いないですね。 文章はまとめてくれるし、要点も整理してくれるし、「そんな言い方があったか」と思うような言い換えまで出してくれる。 昔なら何時間もかかったことが、ずいぶん早く進むようになりました。いやはや、便利な時代です。
そう思うたびに、ふと新卒で銀行に勤めていた頃を思い出します。 あの頃は、営業日報も、そのほかの報告書も、基本はすべて手書きでした。 今の感覚で考えると、なかなか根気のいる時代です。 書き直しも簡単ではないし、整理するのにも時間がかかる。 しかも、誰よりも字は汚いし。
それを思えば、いま文章を整えたり、考えをまとめたりする作業がここまで軽くなったのは、本当にすごいことだと思います。 こらぼたうんでも、AIの便利さを感じる場面はあります。 情報を整理したり、考えをまとめたり、たたき台を作ったり。 そういう意味では、とても頼もしい存在です。
でも、似たような情報からは、似たような答えが出やすい
ただ、便利だからこそ、ふと思うことがあります。 似たような情報を入れて、似たような問いを投げれば、やはり似たような答えが返ってきやすい。 もちろん、きれいにはまとまります。
けれど、「で、そこから何か新しいものが生まれるのか」となると、少し首をかしげたくなることもあります。 整っていることと、心が動くことは、同じではないからです。
違いをつくるのは、人の感性かもしれない
同じ話を聞いても、気になるところは人によって違います。 ある人は「ここが不便だな」と思い、別の人は「この言い方、ちょっと面白いな」と感じる。 さらに別の人は、「今の一瞬、表情が変わったな」と気づくかもしれません。
この何を受け取るかの違いが、その後の企画や言葉や形づくりに、じわじわ効いてくるのだと思います。
情報を整理したり、一定の答えを出したりすることは、AIがかなり助けてくれる時代になりました。 だからこそ、知識で賢さを示すことよりも、対話の中でセンスを磨くこと。 そういう力のほうが、むしろ大事になってくるのかもしれません。
こらぼたうんが20年以上、企業と生活者の共創を続けてきて感じるのも、まさにそこです。 共創は、情報を集めればよいというものではありません。
生活者の声を「データ」として回収するだけなら、もっと効率のよいやり方はいくらでもあります。 アンケートを取る。検索データを見る。SNSの声を拾う。 そうした方法にも、もちろん意味はあります。
それでも、リアルな場で顔を合わせ、同じ空気の中で対話を重ねることにこだわってきたのは、 その場でしか立ち上がらないものがあるからです。
むしろ、「この場なら話しても大丈夫そうだな」という空気があるかどうかのほうが、 ずっと大きい気がしています。
たとえば、こんな空気です。
- 少し笑える
- 変なことを言っても否定されない
- 急いで結論を出さなくていい
- ちょっとした沈黙も、無理に埋めなくていい
- 誰かの発言に、自然に相乗りできる
そういう空気があると、人は意外とぽろっと大事なことを話してくれます。 逆に、場が固いと、言葉は出ても本音までは出てきません。 これはもう、何年やってもそう感じます。
AIが拾いやすいもの
言葉になった情報、文章、要約、傾向、比較、整理されたデータ。
人が場で拾うもの
表情の変化、少しの沈黙、笑い、言いよどみ、違和感、話したあとの空気。
共創では「何を聞くか」以上に、「どんな空気で聞くか」が大事
共創の場では、質問項目を用意することも大切です。 けれど、それだけでは十分ではありません。
どこで深掘りするか。 どこで待つか。 どの言葉を拾うか。 どの沈黙を急かさずに置いておくか。 同じテーマ、同じ参加者でも、場をつくる人によって、出てくる言葉の深さは変わります。
そして、その空気づくりには、作り手の感性が大きく影響します。 共創の場は、単なる情報収集の場ではなく、生活者と企業が安心して考えを重ねる場だからです。
こらぼたうんが大事にしてきたのも、こうした「場の空気」を丁寧に育てることです。 単発の調査のように答えを集めるのではなく、継続的な関係の中で、企業の方と生活者の方が少しずつ安心して話せる状態をつくっていく。
その中で、アンケートや表面的なヒアリングでは見えにくい 「なぜそう感じるのか」「なぜそれが気になるのか」「なぜ心が動くのか」が、少しずつ立ち上がってきます。
AI時代だからこそ、人の感性の価値がむしろ上がる
もちろん、オンラインが悪いとか、データが役に立たないとか、そういう話ではありません。 使えるものは使えばいい。 AIもデータも、頼れるところは大いに頼ればいいと思います。
ただ、人と人が同じ場にいて、ちょっとした間や表情や笑いを共有しながら話す時間には、やはり独特の力があります。
AIは整理や論理には強い。 でも、正解のない問いに向き合い、新しい価値を生み出す創造力、相手の心の機微を感じ取りながら判断する力は、やはり人の側に残るのだと思います。
今の時代から見ると、こらぼたうんのやり方は少しアナログに見えるかもしれません。 でも、作り手の感性が働く余地があり、場の空気を感じながら進められるからこそ見えてくるものが、たしかにあるのです。
AI時代になって、何でも早く、正しく、きれいに出せるようになりました。 でも、だからこそ逆に、人らしさがどこに残るのかが問われている気もします。
うまく言葉にならない違和感。 なぜか気になってしまう一言。 少し遠回りだけれど、その場にいたからこそ拾える気配。 そういうものを「まあ、効率悪いですからね」で片づけてしまうのは、ちょっともったいない。
AIは賢い。でも、場の空気はまだ読めないらしい。
だったらそこは、もう少し人間ががんばってもいいのかもしれません。
こらぼたうんは、これからもそんな「人にしかつくれない場」を大事にしながら、
企業と生活者が本音で向き合える共創の時間を丁寧に育てていきたいと思います。
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