実務の位置づけは 価値共創マーケの基本と導入ガイド をご参照ください。
はじめに:「本音」はどこにある?
「お客様の本音を知りたい」「生活者のインサイトをつかめば、商品は必ず売れる」
こういった言葉は、マーケティングや商品開発に携わる方なら一度は口にしたことがあるはずです。ところが、実際に「本音」を掘り当てることは容易ではありません。アンケートをとっても、インタビューをしても、なぜか腑に落ちない。表面的な意見ばかりで、真に響くインサイトにたどり着けない。
このような状況は、「聞き方」や「質問力」の問題と思われがちですが、実はもっと根本的なところに原因があります。「聞く前に、聞かれる関係になっているか?」という視点です。
人は、信頼していない相手には本音を話しません。そして逆に、信頼が築かれていれば、「聞かれなくても本音は“出てしまう”」のです。
1. なぜ「聞いても答えてもらえない」のか?
● 質問に“構え”が生まれる
たとえば、あなたが初対面の相手からいきなりこう聞かれたらどうでしょう?
「あなたにとって、人生で一番大切な価値観は何ですか?」
言葉に詰まったり、当たり障りのない返事をしてしまったりするのではないでしょうか。本音とは、基本的に「無意識」の領域にあるもので、あらためて聞かれると意識してしまい、うまく言語化できなくなるという性質があります。
● 自分を守る“社会的欲求”が働く
マーケティングリサーチの場では、しばしば「社会的に望ましい答え」が返ってきます。これは、他人からよく見られたい、自分の印象をコントロールしたいという人間の自然な防衛本能です。
つまり、聞かれた瞬間に“答えるモード”に入ることで、本音は姿を消すのです。
2. 本音は「聞かれるもの」ではなく「出ちゃうもの」
● “無意識の行動”にこそヒントがある
本音とは、言葉として語られるものだけではありません。むしろ、しぐさや目線、話すトーン、選ぶ言葉、ちょっとした言い直しや笑いの中に「にじみ出る」ものです。
ある子育て世代の母親に、「どんな洗剤を選んでいますか?」と聞いても、「環境に優しいものを選んでいます」と答えるかもしれません。しかし、買い物に同行してみると、「時間がなくてつい安売りのを選んじゃって…」という“つぶやき”の方がリアルな本音だったりします。
● 対話の中で「出てしまう」構造をつくる
このようなにじみ出る本音は、信頼と安心感のある対話の中でこそ、自然にあふれ出します。
つまり、「何を聞くか」よりも、「どんな関係性で話すか」が本音を生む鍵なのです。
3. “関係性”が本音を育てる
● 心理的安全性の高い場をつくる
「この場では何を言ってもいい」「評価されない」「誰も否定しない」という心理的安全性が高い状態では、人は自然に心を開きます。
この空気が醸成されていないうちに無理やり質問しても、建前しか返ってきません。
● 評価や分析をしない「聞き方」
うなずきながら聴き、相手の言葉を遮らず、評価せず、“ただそこにいる”ような聞き方が大切です。
そうすると、相手は「この人はちゃんと私の話を受け止めてくれる」と感じ、思わず語り出してしまいます。
4. 「共創型インタビュー」で得られるインサイトとは?
こらぼたうんでは、単なるヒアリングではなく“共創の関係性”を起点にしたセッションを大切にしています。
● ケース1:化粧品メーカーの開発チームと敏感肌ユーザー
開発チームが、愛用者のもとを訪問して使用シーンを観察。ユーザーが「これは安心できる」と手に取ったとき、何気なく口にした言葉は…
「お守りみたいなんです、この香り」
それまで“無香料が安心”という仮説で進めていたが、この一言で「香りが感情的安心を与える」という新たなインサイトを発見。
● ケース2:家電メーカーと主婦の対話セッション
「毎日使うキッチン家電で、不満な点はありますか?」という質問には、「場所を取る」「掃除が面倒」など定番の回答が並んだ。しかし、会話が「来客時のキッチンの印象」へと移ったとき、ある主婦がふと口にした。
「あんまり生活感が出すぎるのが嫌で…結局、家電って隠しちゃうんですよね」
その一言から、「“隠したくなる家電”から“見せたくなる家電”へ」という新しい開発コンセプトが生まれた。
5. 「共創」は本音をあぶり出す“関係性の力学”
● 情報ではなく“感情”を共有すること
共創的なアプローチでは、生活者を情報提供者として扱うのではなく、価値を共に育てるパートナーとして位置づけます。
その瞬間、相手は「伝えなければ」ではなく「伝えたくなる」存在に変わります。
そこには、数字には表れない“温度のある言葉”が生まれます。
6. 本音を引き出す実践ステップ
- STEP 1:アンケートや設問リストに頼りすぎない。「知る」より「感じる」姿勢を大切に
- STEP 2:買い物同行や自宅訪問など、“行動を共にする”ことで文脈が見える
- STEP 3:一度きりで終わらず、何度も会うことで安心感が育つ
- STEP 4:表情、間、しぐさ、言い換えなど、非言語情報も大切なインサイト
- STEP 5:説得しない、反論しない、正解を探さない「共感の空気」をつくる
7. 結論:聴くことを“やめる”と、本音は見えてくる?
本音を聞き出そうとするほど、人は本音を隠します。だからこそ、「聞くことを目的にしない」ことが最大の近道になるのです。
ただそこにいて、話し、笑い、驚き、共に考える――そんな時間の中で、本音は“出てしまう”。
本音とは、引き出すものではなく、あふれるもの。
企業と生活者、社員と顧客の“関係性の質”が変われば、マーケティングの質も大きく変わるはずです。
●まとめ
- 本音は質問ではなく“関係性”からにじみ出る
- 安全な場と自然な対話が本音を生む
- 共創的な関係性こそ、深いインサイトの源泉
- 聞くより「共に過ごす」ことが、本音を引き出す最良の方法
顧客の「本音」や「インサイト」は、決してテクニカルに“掘り出す”ものではありません。インタビューで巧妙な質問を用意したり、アンケートで選択肢を工夫しても、心の奥にある思いや無意識の動機には届かないのが現実です。
だからこそ必要なのは、「聞く技術」よりも「聴かれる関係性」。相手が心を開いて“思わず話したくなる”、あるいは“ついこぼれてしまう”ような状態をつくることが、真に価値のある気づきを得る近道です。
このような共創的アプローチは、顧客を単なる意見提供者とみなすのではなく、価値創造のパートナーとして迎える姿勢に根ざしています。信頼関係を育み、対話の時間を重ねることが、結果的に事業の深みやブランドの魅力を育てる土台になるのです。
“聞かずに出る本音”を拾える企業は、生活者と心でつながることができる。 それが、これからの時代のマーケティングにおける本当の差別化要因となっていくはずです。