価値共創マーケティング実践の手引き(第8章~最終章)
セッション初日までの準備(第1章~第7章)はこちらをご覧ください

第8章:セッション当日の運営
本番当日は「予定通り進めること」よりも、「本音を引き出し、意味ある対話を重ねること」に価値があります。生活者・社員と共創のスタートを切る大切な1日。場の雰囲気づくり、柔軟な進行、ファシリテーターの在り方が成功を左右します。
- 共創セッションの目的を再確認し、チーム内で意識を揃える
当日の朝、運営チーム内で「今日のセッションで何を得たいのか」「どんな姿勢で臨むか」を共有します。形式的な打ち合わせではなく、言葉に出して確認することで、ファシリテーター自身の意識にも芯が生まれます。 - 参加者の緊張を和らげる空間とウェルカム設計
セッションの初動で大切なのは「安心して参加できる」という感覚です。会場の案内表示、ウェルカムボード、スタッフの笑顔、ちょっとした雑談などが、参加者の緊張を解き、対話の土壌を育てます。 - オリエンテーションで“共創の場”の意義を伝える
開始直後のオリエンでは、「なぜ今日この場をつくったのか」「皆さんの声がどれほど重要か」を丁寧に伝えましょう。企業側の姿勢がオープンであればあるほど、生活者も心を開きやすくなります。 - アイスブレイクの工夫とグループ関係性の設計
雑談やワークショップなどを通じて、参加者同士の距離を縮める時間を必ず用意します。共創の前提は“心理的安全性”です。最初の10分で関係性の質が変わり、その後の発言量や内容に大きく影響します。 - 発言の偏りを避けるための仕組み設計
発言が一部の人に偏らないよう、個人ワーク→ペア→グループ→全体という段階的な共有を行うなど、構造で発言のチャンスを均等に設計します。小グループ分けやローテーションも有効です。 - 参加者の“心の動き”を読み取るファシリテーション
参加者の表情や姿勢、沈黙などの微細な反応に注意を払い、「今、この場で何が起きているか」を敏感に感じ取りましょう。予定通り進めることよりも、「今、この対話を深めるべきか」が判断基準です。 - 問いの設計:抽象と具体のバランスをとる
抽象的な価値観の話ばかりでは実行に結びつかず、逆に具体的な話だけだと表層的になりがちです。価値観→経験→具体→意味づけという流れを設計することで、参加者の本音が立体的に浮かび上がります。 - 参加者同士の“共感”を引き出す工夫
「自分と似た考えの人がいる」「誰かの話で自分の体験を思い出した」といった共感の瞬間を生むと、場が一気に温まります。共感コメントや付箋のリアクションなど、小さな反応が共創の土壌を豊かにします。 - 企業側の姿勢も“聞くモード”で徹底する
企業側が発言をリードしすぎると、参加者の本音は出てきません。「聞かせてください」というスタンスをチーム全体で共有し、発言のトーンや表情、相づちなどで“聴いていること”を示しましょう。 - 熱量が高まったときの“あえて脱線”の許容
議論が盛り上がってきたら、あえてプログラムを外れてその話題を深堀りすることも大切です。セッションの価値は、参加者自身の気づきと感情の揺れから生まれます。柔軟性こそが場の創造性を引き出します。 - 予定通り進まないことを前提に設計する
タイムスケジュールは“理想形”であり、実際はズレが生じます。焦らず、本質的な対話が行われているかを優先して判断しましょう。進行役は「今、何が大事か」を常に問い直す柔軟性が求められます。 - 記録スタッフとの連携で“気づき”を逃さない
場に集中していると、重要な発言が記録されないこともあります。記録担当者と連携し、印象的な言葉や場の流れをメモしてもらい、セッション後の振り返りに活用できるようにしておきましょう。 - 閉会時の“言葉選び”で次回への期待感をつくる
セッションの終わりには、「今日の場に感謝しつつ、これから何をしていくか」を短くでも伝えましょう。「また参加したい」「このプロジェクトに関わりたい」と思える終わり方が、継続的共創の鍵です。
第9章:セッションの振り返りと記録化
共創セッションの熱が冷めないうちに、“気づき”や“発見”を記録し、言語化することは、次回への準備であり、組織学習の第一歩です。ここでは、記録・整理・共有の観点から、セッション終了直後に行うべき重要なステップを解説します。
- 印象的な発言や場の雰囲気を記録する
セッションの中で交わされた言葉には、その瞬間にしか出てこない“本質的な示唆”が詰まっています。特に、生活者や社員がふと漏らした一言には、企画の根幹を揺るがす洞察が含まれていることもあります。発言内容と同時に、誰がどのような表情や態度で話したかも含めて記録し、「言葉+文脈」のセットで残しましょう。 - 模造紙や付箋、ホワイトボードの写真を撮る
セッションの視覚的アウトプット(付箋・ホワイトボード・模造紙など)は、“思考の痕跡”であり、非常に貴重な資料です。全体写真に加え、要点ごとのクローズアップも撮影し、タイトルや日付、グループ名を添えて整理しましょう。撮影後は共有フォルダなどに保存し、関係者がアクセスしやすい状態にしておくことが重要です。 - ファシリテーターによる気づきメモの作成
ファシリテーターの視点で、「どの瞬間に場が動いたか」「意外な声が出た場面」などを中心にメモを残します。これは主観的で構いません。対話を誘導した者だからこそ気づける“微細な変化”を言語化しておくと、次回セッションの設計や報告資料づくりに大きく貢献します。 - 参加者アンケートを通じた振り返り
セッション直後に簡易的なアンケート(所要時間3〜5分)を依頼します。内容は、印象に残った瞬間、話しやすかった点、改善点など。選択式と自由記述の両方を取り入れるとバランスがよく、率直な声が集まりやすくなります。これらのフィードバックは、場づくりの改善や継続参加の動機づけにもつながります。 - セッション概要と成果をまとめたレポートを作成
当日の流れや参加者構成、話題の展開、得られた気づきやアイデアなどを簡潔にまとめた「振り返りレポート」を作成しましょう。形式はA4一枚程度の要約で構いませんが、写真やキーワードを盛り込むと視覚的にも伝わりやすくなります。関係部門や上司への報告資料としても活用可能です。 - 記録データの分類と保存(情報資産化)
収集したメモや画像、アンケート結果、ファシリテーターのコメントなどを、プロジェクト単位・テーマ単位でフォルダ分けして保管します。可能であればタグやメタデータをつけて検索性を高め、今後の学びとして再利用できる形にしておきましょう。 - 社内共有会の開催
共創セッションに関わっていない他部署の社員に対しても、気づきや学びを共有する場を設けることで、共創活動の意義が社内に広がります。成果物の展示、発言の引用、簡易的なワークショップを交えることで「参加していない社員の共感」も得られ、今後のプロジェクトへの巻き込みがスムーズになります。 - 気づきの再構築とインサイトの抽出
一度すべての情報が出そろった段階で、「このセッションから何が言えそうか?」という問いを立てて、仮説・傾向・本質的ニーズをあらためて分析します。1つひとつの発言を“点”ではなく、“線”として再構築することで、新たなインサイトに気づけることもあります。 - 継続参加への動機づけと個別フォロー
特に協力的だった参加者や印象的な発言をした方には、個別に御礼やフォローの連絡を入れるのもおすすめです。「あのときの話が印象的だった」という一言だけでも、参加者にとっては大きな承認となり、次回以降の参加意欲につながります。 - 振り返りを“次の設計”に必ず反映する
振り返りの最後に、「次回は何を変えるか」「何を維持するか」を必ず明文化し、次の設計フェーズに活かしましょう。記録は過去の棚卸しではなく、“未来をつくるための種”として位置づけます。
第10章:成果活用と社内展開
共創セッションで得られた「気づき」「発見」「価値の兆し」は、記録して終わるのではなく、社内外での共有と実践を通じて初めて“意味ある成果”になります。本章では、成果をどのように活用し、社内に広げていくかの具体ステップを解説します。
- セッション成果の言語化と構造化
まず、セッションで生まれた発言やアイデア、印象的なやりとりを抽象化・整理します。単なる「声の記録」ではなく、「生活者の言葉から、どのような価値や仮説が導けるのか」を明文化し、組織内で共有しやすい形に整えましょう。 - 気づきを部門を越えて共有する
共創の学びや示唆は、マーケティング部門だけでなく、商品開発・営業・人事などさまざまな部署にとって有益です。共創レポートや報告会などを通じて横展開を図り、「これは私たちにも関係がある」と気づいてもらうことが、組織的価値創造への一歩になります。 - 施策・企画への反映と実行
得られた声や示唆をもとに、新たなサービス設計や改善案、メッセージ開発など、具体的な実行アクションに落とし込みます。「共創から何かが変わった」実例を社内外に示すことで、共創活動そのものの信頼性が高まります。 - 小さく試す:スモールスタートの実装
いきなり全社で大きく展開するのではなく、まずは小さく「仮実行」してみましょう。例:1店舗でPOPを変えてみる、SNSで生活者の声を反映した投稿を試すなど。実験的な小さな試みが、次の成功を呼び込む学びにつながります。 - 物語化して伝える:共創の“ストーリー共有”
成果や変化を社内外に伝える際は、「なぜその声が生まれたか」「どんなプロセスを経て生まれたのか」など、ストーリーとして構成することが重要です。エピソードを交えることで感情の共鳴が起こり、より多くの共感と理解を得られます。 - 経営層・上層部への報告と巻き込み
共創によって得られた成果は、必ず経営層に共有しましょう。数字での成果に加え、「社員の意識の変化」「部署間の連携」「顧客との新たな関係構築」など、組織変革の視点も合わせて伝えることがポイントです。これにより次回活動への支援が得やすくなります。 - 参加者への成果報告と感謝の共有
共創パートナーである生活者・顧客にも、セッション後に成果を共有し「皆さんの声がこのように活かされました」というフィードバックを伝えましょう。この一言が、次の共創やリピート参加への最大のモチベーションになります。 - 成果を社外にも発信する
自社サイトのブログ、note、SNS、プレスリリースなどを通じて、共創の取り組みや成果を外部に伝えましょう。「共創に本気で取り組んでいる企業」という印象は、顧客の信頼を高め、採用やアライアンスの強化にもつながります。 - 社内ナレッジとして蓄積する
成果や学びはプロジェクト単位で終わらせず、社内のナレッジとして体系化していきましょう。形式知(レポート・テンプレート)と暗黙知(経験談・事例共有)をセットで残すことで、共創の再現性が高まり、組織に定着します。 - 次のフェーズ・共創テーマの検討へ
1回の共創を成功させたら、それはゴールではなくスタートです。次はどの課題を共創で取り組むべきか、今回参加していない層との接点づくりなど、新たな問いを立てましょう。シリーズ化・定常化によって、ブランドの“共創文化”が根づいていきます。
第11章:次の共創の設計
共創の取り組みを一過性で終わらせず、継続的・発展的に展開していくためには「次の共創」をどのように設計するかが鍵となります。本章では、セッション後に得られた気づきを起点に、次なる共創プロジェクトをどう描くかを体系的に整理します。
- 振り返りの中から“問い”を見つける
前回のセッションで生まれた発言や違和感、共感の瞬間にこそ次の共創のヒントがあります。参加者の声から「まだ深められるテーマ」「新たな課題意識」を抽出し、“次回共創の起点となる問い”として設定しましょう。 - 共創の目的を再定義する
1回目の目的が「気づきを得る場」だったなら、2回目は「プロトタイプを形にする場」かもしれません。共創の段階に応じて目的を明確に言語化し、参加者にも共有することで期待値を揃え、場の質が高まります。 - 次回テーマを“生活者視点”で構築する
企業側の課題感だけでなく、生活者の「もやもや」「違和感」「願望」などを起点にテーマを設計することで、共創の場がより本質的になります。「誰の、どんな声から生まれたテーマか」を説明できるテーマが理想です。 - 対象となる共創パートナーの見直し
次回のテーマによって、適切な生活者像(ペルソナ)も変わります。「あのときの参加者を再招集するのがよいのか?」「新たな層を取り込むべきか?」を検討し、意図を持った参加設計を行いましょう。 - 社内体制・役割分担の再調整
次回に向けて必要な準備・実行項目を洗い出し、社内チームの体制を見直します。初回の経験を活かし、「こうすればもっとスムーズに進められる」という改善点を取り入れることで、共創の実行力が高まります。 - プロジェクト全体のロードマップを描く
次回セッションが単発で終わるのではなく、中長期的な流れの中でどう位置づけるかを意識しましょう。テーマ展開のステップ、意思決定ポイント、アウトプットの目標などをあらかじめ明示しておくと、運営側も参加者も安心して取り組めます。 - 共創の“継続性”を感じさせる工夫
「この場は続いていく」という予感は、参加者のエンゲージメントに大きく影響します。たとえば前回の写真や成果物を使った案内資料、過去参加者のコメント紹介、次フェーズへの言及などが有効です。 - 場の設計に“前回との違い”を持たせる
毎回同じ進行・同じメンバー・同じ空気では、共創の鮮度が落ちてしまいます。問いの深さを変える、ファシリテーターを変える、アイスブレイクに工夫を入れるなど、「新しい場」をつくることが次の共創を活性化します。 - 生活者の変化と社会の変化を捉える
世の中のトレンドや生活者の関心は常に変化しています。前回の共創以降に起きた社会的出来事、価値観の揺らぎを踏まえ、今こそ取り上げるべきテーマを洗い直す視点も重要です。 - “継続してよかった”と思える成果設計
参加者や社内のメンバーにとって「前回より前進している」「関係性が深まっている」と実感できるよう、アウトプットや成果の見せ方を工夫しましょう。成長実感こそ、共創文化を根づかせる最大の鍵です。
共創は“単発イベント”ではなく、“連続する文化”です。次の共創をどう設計するかは、企業が「共創を一過性ではなく本質的に続けていく意志があるか」を示す行為でもあります。持続可能な共創の仕組みづくりに向けて、一歩を踏み出しましょう。
最終章:共創を文化へ──まとめと総括
共創マーケティングの実践は、単なる手法ではなく、企業と生活者が共に未来をつくる文化の醸成でもあります。本シリーズの総括として、実践の意義、企業にもたらす価値、そしてこれからの展望についてまとめます。
- 1. 共創とは「関係づくり」であり「価値づくり」
共創は、消費者や社員を「参加者」として尊重し、共に考え、試し、つくる営みです。売り手と買い手という一方通行の関係から、相互に学び合い影響し合う関係へと進化することが、共創の本質です。 - 2. プロセスの丁寧さが成果の質を決める
どれだけ良いテーマでも、「場の設計」「関係性づくり」「問いの立て方」「ファシリテーション」が不十分であれば、本質的な対話は生まれません。共創の成功は、緻密な準備と丁寧な運営に宿ります。 - 3. 社内の横断連携が共創の器を支える
共創は1部門で完結するものではありません。部署を越えたチーム設計、経営層の理解と後押し、社内共有の工夫が整ってこそ、共創の成果は“組織の力”として活きてきます。 - 4. 顧客理解を深める「場」としての価値
共創の最大の副産物は、生活者の声に触れ続けることで生まれる「感覚的な理解」です。これはアンケートやデータ分析だけでは得られない、企業と顧客をつなぐ“感性の橋”となります。 - 5. 継続の中で、学習が深化する
初回の共創は“気づきの発見”、2回目以降は“深化と発展”。継続的に共創を積み重ねることで、企業も生活者も学び、変化し、進化していきます。1回で終わらせず、シリーズ化することが重要です。 - 6. 成果の「見せ方」が文化を育てる
得られた成果を数値や要点だけでなく、「どんな対話から生まれたか」「誰がどのように関わったか」といった物語性も含めて社内外に共有することで、共創の意義が組織に根づきやすくなります。 - 7. 組織の“共創力”は、競争力そのもの
変化の激しい時代において、他者と協働し、新しい価値を生み出す力=共創力は、企業の“未来対応力”です。この力は、製品やブランドの差別化を超え、企業の持続可能性を支える土台となります。 - 8. 共創は、企業と社会の接点を再定義する
共創は、企業活動を社会や生活者の視点にひらく取り組みでもあります。共創が活性化すればするほど、企業と社会の関係性はより双方向で開かれたものになり、信頼と共感が育っていきます。
共創はゴールではなく、起点です。共創の一歩を踏み出した企業には、学びと変化と出会いの連鎖が待っています。そしてそれは、商品・サービス・ブランドを超えて、「組織そのものを進化させるプロセス」でもあります。
共に創る。そこに、企業の未来がある。