はじめに──“沈黙”と“熱弁”の落差に気づく瞬間
会議室では誰も発言しないのに、場所を変えてカフェに移動すると、同じ人が饒舌に語り出す。そんな経験はないでしょうか。企画担当者や営業の現場にいると、このギャップに驚かされることが少なくありません。会議で沈黙を守っていた人が、コーヒーを片手にすると途端に本音を語り出す。そこには「人はどこで安心して話せるのか」という、ビジネスにとっても重要なテーマが隠れています。
なぜ会議室では沈黙が生まれるのか
会議室という空間は、多くの人にとって「発言にリスクが伴う場所」になりがちです。誰かが記録している、上司が見ている、周囲の評価を気にする──そうした要素が沈黙を生みます。特に日本の企業文化では、空気を読むことが重視されるため、思ったことをそのまま言うことにはためらいが生まれやすいのです。
さらに会議室は「成果を求められる場」でもあります。議論の目的は明確で、時間制限もある。そうした環境では「完成度の高い意見でなければならない」というプレッシャーが強く働きます。結果として、アイデアや違和感の芽はあっても、口にする前に飲み込まれてしまう。これが沈黙の背景です。
カフェが生む安心感と解放感
一方、カフェという空間は、会議室と正反対の性質を持っています。周囲には他人がいて、完全なプライベートではないにも関わらず、不思議と安心できる。適度な雑音、リラックスできる椅子や照明、自由に飲み物を選べる気軽さ──こうした要素が人を自然体にします。
心理学的には「社会的ファシリテーション」と呼ばれる現象があります。完全な静寂よりも、適度な雑音があるほうが思考が柔軟になり、発言もしやすくなる。カフェの環境はまさにその条件を満たしています。だからこそ、会議室で沈黙していた人が、カフェでは熱弁をふるうという逆転現象が起きるのです。
本音を引き出す“場”のデザイン
この違いは、共創マーケティングにおいても非常に重要です。新しいアイデアを生むためには、生活者や社員の本音を引き出す必要があります。そのためにこらぼたうんが実践しているのは「場のデザイン」です。
例えば、消費者インタビューをいきなり会議室で行うのではなく、買い物同行やカフェでの雑談から始めることがあります。
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最初に緊張の少ない場所で会話をすると、その後の会議室でのセッションでも意見が出やすくなる。つまり、「どこで話を始めるか」が、その後の議論全体の質を決定づけるのです。
なぜ人は場所で変わるのか──心理的安全性の観点から
「心理的安全性」という言葉があります。組織論の研究で注目されている概念で、メンバーが「ここでは安心して発言できる」と感じる状態を指します。場所はその安全性に大きく影響します。会議室は“監視されている感覚”を強めやすいのに対し、カフェは“自由に振る舞ってもいい感覚”を与えてくれる。だからこそ、人は場所によって発言量や質を大きく変えるのです。
あるプロジェクトで、社内会議では沈黙していた若手社員が、移動中の新幹線で隣に座った上司に思い切って新しいアイデアを話し、そこから大きな企画に発展したことがありました。場所が変わると「上下関係の強さ」も変わる。空間が心理的な距離を縮め、本音を引き出すのです。
会議室を“カフェ化”する試み
もちろん、いつもカフェに行くわけにはいきません。そこで近年注目されているのが「会議室をカフェ化する」という取り組みです。硬い椅子ではなくソファや丸テーブルを置いたり、壁にホワイトボードを設置して自由に落書きできるようにしたり。照明を柔らかくするだけでも雰囲気は変わります。
こうした工夫をすることで、会議室であっても「安心して話せる場」に近づけることができます。重要なのは、形式ではなく空気。人が「ここなら話しても大丈夫」と思えるような場づくりが、沈黙を破る鍵になります。
共創の現場で見えた“本音の瞬間”
こらぼたうんの現場でも、数々の“本音が出た瞬間”を目撃してきました。あるワークショップでは、最初は緊張でほとんど口を開かなかった主婦の参加者が、休憩中の雑談で「実はね…」と語り出し、それが新商品のヒントにつながりました。公式の場よりも非公式の場で、価値ある言葉が生まれることは珍しくありません。
別のケースでは、社員同士の合宿で、夜の雑談のほうが昼間の会議よりも有益だったということもありました。人はリラックスしてこそ、内面の声を出せる。共創はその声をどう拾い上げるかにかかっています。
沈黙と熱弁の間にあるもの
会議で沈黙するのも、人間の自然な反応です。そこに「勇気が足りない」とラベルを貼るのは簡単ですが、実際には「環境が声を奪っている」のかもしれません。そして、カフェで熱弁するのもまた自然。環境が人を解き放っているのです。
私たちが学ぶべきは「人は場所によって変わる」という事実です。つまり、発言の量や質は個人の能力だけでなく、空間と環境に大きく左右される。だからこそ、会議室で沈黙があっても悲観せず、別の場で会話をデザインすることが大切なのです。
おわりに──“どこで話すか”を意識する
会議で沈黙、カフェで熱弁。この落差はビジネスの現場にとって重要なヒントを与えてくれます。人が本音を語るのは「場のデザイン」によるものであり、個人の性格だけではない。共創マーケティングにおいても、生活者や社員の本音をどう引き出すかは、成果を左右する決定的な要素です。
これからの時代は「何を話すか」だけでなく「どこで話すか」を考えることが、組織や企業にとっての鍵になります。沈黙を恐れず、熱弁を歓迎し、両者をつなぐ“場”を工夫する。それこそが、私たちが次の価値を生み出すために必要な視点なのです。