企業がつまずく6つの壁とその処方箋
これまで20年以上にわたり、企業の「価値共創マーケティング」の実践支援を行ってきました。
その経験から言えることですが、共創の取り組みが必ずしもすべて成功するわけではないということです。
うまくいかない原因には共通の傾向があり、それぞれに対処法があります。
本記事では、「共創マーケティングがうまくいかない理由」と「その乗り越え方」を、実際の支援現場で見えてきた視点からお伝えします。
共創マーケティングがうまくいかないとき──その要因と乗り越え方
共創マーケティングは、企業と顧客、あるいは生活者とが双方向の関係性を築きながら、新たな価値をともに創り出す戦略的アプローチです。消費者の声を「情報」としてではなく「共に育てる価値の源泉」として捉えるこの手法は、今後の持続可能な経営やブランド形成に欠かせない視点だと注目を集めています。
しかしながら、実際に共創マーケティングを導入しようとする企業の中には、「思ったように成果が出ない」「途中でプロジェクトが頓挫した」といった課題に直面するケースも少なくありません。特に日本企業では、組織構造や文化的要因が障壁となることが多いのが現実です。
本記事では、共創マーケティングがうまくいかない典型的な理由を整理し、どのような対処が有効かを解説していきます。
1. 【組織構造】戦略部門の不在と“縦割り”の弊害
多くの日本企業では、「マーケティング部門」がそもそも独立した戦略部署として存在せず、営業部門や商品企画部門の“中のひとつの機能”として扱われている場合が少なくありません。その結果、顧客との長期的な関係性を築く視点や、ブランド価値を高めるためのマーケティング戦略そのものが後回しにされがちです。
また、部門間の連携が弱く、情報共有や協働の文化が乏しいことも、共創活動の足かせになります。共創は「営業」「企画」「広報」「カスタマーサポート」など、複数部門を横断するプロセスであり、部門ごとに方針がバラバラでは、顧客と企業の接点が一貫性を欠くことになり、結果的に顧客の信頼を損ねてしまいます。
【対処策】
- 経営層主導で共創プロジェクトを全社横断型プロジェクトとして位置づける。
- 部門横断の「共創推進チーム」を設置し、定期的な情報共有の場を設ける。
- マーケティング部門の役割を「販促」から「価値創造」へ再定義する。
2. 【戦略不在】“やってみた”で終わる共創の形骸化
「SNSを使って顧客の声を拾おう」「共創コミュニティを立ち上げよう」といった取り組みが、明確な目的やKPI設定もなく進められるケースもよく見られます。これでは、たとえ顧客の声が集まっても、どう活用すべきかの判断軸がなく、成果につながりません。
また、「共創はよさそう」という雰囲気だけで始めてしまうと、かえって現場に混乱を招くこともあります。「何のためにやっているのか」「顧客の声を誰がどのように評価し、どう反映するのか」といったルールが曖昧では、参加した顧客も不信感を抱き、継続的な参加意欲を失ってしまうのです。
【対処策】
- 中期経営計画やブランド戦略の中に、明確に「共創」の位置づけを明示する。
- 定量指標(例:参加率、アイデア採用率)と定性指標(例:参加者満足度)を両立したKPIを設計する。
- 共創活動の成果を「企画化→商品化→販売」まで追い、定期的に社内外に報告する。
3. 【文化・意識】トップの理解と現場の“納得感”不足
共創マーケティングが定着するには、組織の文化そのものが「顧客中心」へと変わる必要があります。しかし、長年にわたり“プロダクトアウト”や“営業主導”の文化で動いてきた企業では、「顧客と一緒に創る」という考え方自体が理解されにくいという壁があります。
また、現場社員が「これって単なるモニター調査の延長じゃないの?」「アイデアは集まっても、どうせ採用されない」といった冷ややかな目で共創に向き合ってしまうと、共創プロジェクトは“やらされ感”のまま進み、形骸化していきます。
【対処策】
- トップ自らが共創イベントに参加するなど、姿勢を行動で示す。
- 成果が出た事例を早期に社内外で共有し、「共創の手応え」を実感できる機会をつくる。
- 共創活動を評価制度や人事制度と連動させる(例:顧客との共創に関わった社員を表彰する)。
4. 【顧客参加の設計ミス】“関わりしろ”の不在
共創マーケティングにおいては、生活者の声をただ集めるのではなく、「企業とともに創る実感」を持ってもらうことが重要です。ところが、企業側が一方的にアンケートを送りつけたり、単に「ご意見ください」と募るだけでは、生活者は受け身になってしまい、共創の主体とはなりません。
また、「どのような顧客に、どういうテーマで、どんな形式で参加してもらうのか」という設計が甘いと、せっかく集まった声も断片的なノイズに終わってしまいます。
【対処策】
- ペルソナ設計に基づき、「共に創りたい顧客像」を明確にする。
- 意見の収集だけでなく、「アイデアの育成」「試作品のフィードバック」など関与度の高い設計を行う。
- オンラインだけでなく、リアルの共創ワークショップや座談会など多様な関わり方を用意する。
5. 【継続性の欠如】“キャンペーン”で終わる一過性
共創プロジェクトを一度立ち上げても、その後が続かず自然消滅するというのも、失敗の典型パターンです。とくに「キャンペーン型」で実施される共創は、短期的には話題になるものの、終了後のフォローがなければ顧客との関係性は深まりません。
共創マーケティングとは、本来「関係性の構築」をベースにした中長期の戦略です。短期的な数値だけを見て評価するやり方では、その真価を発揮できません。
【対処策】
- プロジェクト終了後も参加者に向けて継続的な情報発信やフィードバックを行う。
- コミュニティを継続運営し、顧客との関係を「イベントから日常」へと転換する。
- 顧客とともに成長するブランドストーリーを社内で共有し、長期視点で取り組む風土を育てる。
6. 【仕組みの未整備】せっかくの声が活かされない
最後に、共創マーケティングを推進しても、社内で「誰がその声を活用するのか」が明確でない場合、集まった情報は埋もれてしまいます。「アイデアの収集→選定→実装」の一連のプロセスが曖昧だと、次第に社員も生活者も熱意を失い、取り組みが頓挫してしまいます。
【対処策】
- 顧客の声を扱う専任チームを設ける。
- 声を受けて生まれた変化を「見える化」し、社内共有と社外発信を徹底する。
- スピーディに試作・検証・改善を行う“共創ラボ”など、小規模なアジャイル実験の仕組みを導入する。
まとめ:共創マーケティングを“定着”させるために
共創マーケティングの本質は、単なる顧客参加ではなく、「企業と生活者が信頼を土台に、新しい価値を一緒に創っていくプロセス」にあります。そのためには、一時的な施策ではなく、戦略と文化の両面から企業体質を変えていく必要があります。
成功している共創プロジェクトには必ず「戦略的な位置づけ」「トップの関与」「継続的な関係性設計」という三つの柱があります。これらを欠いたままでは、どんなに良いアイデアや共感を得られても、企業としての成果には結びつきません。
共創マーケティングは“魔法の杖”ではありません。しかし、しっかりとした準備と仕組みを整えれば、顧客と企業の関係を根本から変える力を持っています。いまこそ、形だけでなく「本質的な共創」への舵を切るときです。