
インサイトは従来のやり方では発見できない
マーケティング調査に使われる一般的手法のアンケートやグループインタビューでは、顕在ニーズや顕在化したリスクなどの抽出には適するものの、潜在ニーズはなかなか見えません。
従来のマーケティング活動では、本人が意識することができ言葉として表現できるものや潜在意識のごく浅いところにある欲求などは発見できても、本人自身も気付いていないような、さらに深い言葉にできない領域の欲求、いわゆる言語化できない暗黙知を導き出すことは困難です。
生活者が自分では気がついていない、または気づいてはいてもそれを表に出すことが困難な本当の思い、それを気づかされればニーズに替わるものを発見でき新たな需要を導き出すことが可能となります。
いわゆるインサイトの発見です。現在ではこのインサイトの重要性が益々高まってきています。
インサイトの重要性
ではなぜインサイトが重要なのでしょう?
それは、インサイトが生活者(顧客)と提供する製品・サービスのコンセプトやアイデアを結びつける「鍵」となるものだからです。
現代では、モノが売れない時代といわれています。市場にモノが溢れ、品質の良い手ごろな価格の商品やサービスが当然のように存在し、どれを選んでもまず失敗することは無いでしょう。
またその商品やサービスを選んだ理由を聞いてもはっきりしていないことが多く、逆に商品やサービスを選ばなかった理由も明確でない場合が多いです。
製品がコモディティ化し、機能や品質が均質化されてしまうと、生活者に重要視されるのは「価値」や「体験」です。
生活者が「それそれ・そうそう・あるある」と思う製品・サービスは生活者にとって目新しく、興味・購入を喚起する力が強く生活者の記憶に残ります。
生活者の置かれている状況を深く理解し、そこから考えられる生活者が必要とするモノ・コト、つまりインサイトを発見しなくては、生活者にとっての新たな価値をつくり出すことは現在の環境下では難しいのです。
デザイン思考はインサイト発見への近道

生活者自身も意識していないインサイトを発見するために、生活者の「行動」に着目し、観察とヒアリングを行うことで、インサイトを導き出そうという動きが多く見られるようになりました。
インサイトは個に内在化しているので言語化し難い暗黙知により発想を見出す手法が効果的です。この隠れたインサイトの発見は、言葉だけでは説明できないことを、何とかして顕在化することから、暗黙知を形式知に変換する試みと似ています。
言語化された領域は氷山の一角であり、これからの製品・サービスは水面下に隠れたもっと大きなひとり一人が持つ豊かで深い「非言語化領域」からこそ生まれるものです。
インサイトの発見においてはこの暗黙知を共同化させ、暗黙知から形式知への表出化させることが必要となり、そのための1つのツールとしてデザイン思考は効果を発揮します。
デザイン思考とは
デザイン思考とは文字通り、デザイナーの様に考えることですが、これは、車の形状を描いたり、商品の形をつくったり、パッケージのイラストを描いたりという我々が日常イメージする芸術的な素養や美的なスキルを表すデザインとは異なり、デザイナーがデザインするようにビジネスにおける問題を解決していく為の思考法を意味しています。
つまり「デザイン思考」とは、デザイナーの様な感性と手法を用いて、「顧客側の視点に立って問題解決を図る」ことを目的としています。
顧客がどのような体験を求めているのか。顧客にとってどのような価値を提案すればよいのか。そしてその価値をどのように商品やサービスに落とし込むかを「設計」することです。
デザイン思考とは、顧客にとっての価値を最適化し市場の創出やイノベーションを起こす為の思考方法です。
顧客にとっての価値を最適化するデザイン思考の考えの中で重要なことは、「顧客中心主義」という考え方です。
注意すべき点として顧客中心主義とは、顧客が欲するものが何かを聞き、その通りに行うという「お客様第一主義」または「顧客に媚びる」考え方とは異なります。
顧客中心主義というのは、顧客よりも顧客のことを深く理解することで、顧客自身も気づいていない問題を解決することです。
だからこそ、他社との差別化ができ、顧客にとって価値のある独自化された商品やサービスに繋がるのです。
デザイン思考はその考え方を体系化したものです。
デザイン思考が必要な理由
なぜ今、デザイン思考が注目されてきたのか、それは今までのやり方では新しいアイデアや発想を生み出すことが困難になってきてるからです。
「ビジネスが変わったから」今までのやり方が通用しなくなった訳です。
「広く浅く、より多くの人に受ける商品・サービスを作る」ためのアプローチでは、人々のニーズを満たすためのプロダクトを提供できなくなります。
このような時代の急激な変化についていくために、多様化したニーズに対する解決策を導き出す手法が必要に迫られることとなります。
顧客中心の思考でイノベーションを起こす
デザイン思考が重視するのは、顧客という生活者です。
生活者が、どんな考え方をするか、どんな感情を示すかなどを詳細に観察することが発想の起点になります。スピード感と量を両立させて、解決策を考案できることです。
この条件を満たした手法こそが、繰り返し繰り返し走りながら考えられる「デザイン思考」なのです。
デザイン思考5つのステップ
ここでは、スタンフォード大学d-school (Hasso-Plattner Institute of Design at Stanford)が提案した、デザイン思考の5段階モデルに沿って説明します。d.schoolは、デザイン思考の教育分野を牽引する存在です。
デザイン思考は以下の段階を通じて取組みます
1. 共感
関係する人々のニーズを理解する
2. 問題定義
顧客を中心に問題を構成し直し定義する
4. プロトタイプ
試作品を制作して実践的にアプローチする
5. テスト(検証)
問題に対するプロトタイプや解決策を発展させる
デザイン思考は、これらの5つのプロセスに沿って展開しこのプロセスを繰り返し行う事で、商品やサービスを完成へ導く方法です。それでは各ステージについて説明していきます。
1.共感
デザイン思考は、顧客への共感から始まります。デザイン思考の過程において、とても重要な段階となります。ここでの共感とは、その人のことを注意深く観察し、その人自身を深く理解しようとすることです。
自分以外の人と直接関わることで、時には本人も気付いていない考えや価値観に関する膨大な量の情報(一次情報)が得られます。人々の考えや価値観をしっかり理解した上で初めて良いデザインができるのです。
日本語で「共感」と書くと相手が考える感情的な部分までもをこちら側が共感するイメージを持たれるかもしれませんが、そこまでの共感はあっても無くても構いません。
気づく事、発見すること、または腹落ちる様なことをつないでいくデザインシンキングの過程において、これまで気が付かなかった発見しかも質の良い発見を得つづけるためには、人々の考えや価値観に関する膨大な量の情報(一次情報)があってこそになります。
その意味での「共感」のプロセスは、非常に重要です。
2. 問題定義
共感のステージにおいて顧客を観察して得られた情報をまとめます。共感のステージよって集められた情報を理解し、顧客が真に解決したい問題は何かを明らかにするのが問題定義です。
共感ステージにおける人々の考えや価値観に関する膨大な量の情報を問題定義のステージで集約することになります。
この段階では、問題を明確に表現する着眼点を生み出すことになります。この着眼点がインサイト(洞察)を捉えていれば、次のステップである創造やプロトタイププのステップにおいて、適切に問題解決を行えるわけです。
「質の良い着眼点」を見いだせるかどうかが重要です。
「質の良い着眼点」であれば最後のテストのステージで顧客からは自分がまさに欲しかったものはこれだと驚きをもって共感される事を実感できるはずです。
しかし、着眼点がインサイト(洞察)を捉えていない質の悪い着眼点であったならテストのステージにおいて顧客の反応は冷ややかなものになります。
顧客の声をそのまま受け取るのではなく、その内容から根本的な不満や課題を発見し、「質の良い着眼点」を定義していくことが重要です。
3.創造
「問題定義」で設定された着眼点を具現化するために、アイデアを出すのがこの「創造」のステップです。
ここでは、アイデアの「質」よりも「量」を意識して参加者全員でブレインストーミングを行い、チームのメンバーが思いついた事を制限することなくアウトプットする事が大切です。
試作(プロトタイプ)をつくるための素材を手にし、顧客に対して革新的な解決策を提供できるように試みます。
ここではロジカルに考えるのではなく、できるだけ多くのアイデア拡散させること、大量にアウトプットするということが大切であり、そのアイデアについての実現可能性などは、この時点では考える必要はありません。
アイデアを出し尽くした後、問題解決につながりそうなアイデアについて、今度はそれらを収束させていきます。
選択可能なアイデアの幅を可能な限り押し広げるものであり、ただ一つの最良の解決策をこのステージで見つけるものではありません。
何が最良の解決策なのかは、後のステップで行う顧客とのテストとフィードバックによって絞られ明らかになります。
4.プロトタイプ
アイデアを出した後、イメージをできるだけ具体的にもつために形にしていきます。最終的な解決策に近づく質問に答えるために、繰り返し試作品を生成する段階です。
そうすることで、チームでアウトプットイメージの共有を行うことができ、さらなるアイデアの修正も行うことができます。
文字や言葉で表現する、ラフなイラストで描く、手作りでとりあえず形を作ってみるなどあまり時間を掛けずに素早く形にしてみます。
プロトタイプ(試作品)については、顧客と対話できるものであれば、何でも構いません。
とにかくプロトタイプ(試作品)は低品質で構わないので素早く作ることが大事です。それを顧客に提示しながら他部署のメンバーも含め有益なフィードバックを引き出していきます。
5.テスト(検証)
テスト段階は、プロトタイプ(試作品)に関して顧客からのフィードバックを行い、共感を高めるためのステージです
顧客にとって日常的な物を扱うことを依頼し、具体的な対象物を利用してもらうと精度が上がります。理想は顧客が生活している実際の環境の中で、テストできることです。
よい経験のためにも、実際の状況を捉えられる環境でシナリオをつくりフィードバックしてもらいます。
顧客からのフィードバックを基にアイデアをブラッシュアップし、それをアウトプットする、という事を繰り返します。
繰返すことでスパイラルアップ

何度も繰り返すことです。一度作ったから終わりというわけではなく、何度もこのサイクルを繰り返すことによって、螺旋状にクオリティが上がっていきます。
まとめ
インサイトを発見するための絶対の方法というのは存在しませんし、不確実性の高い目的です。
それでもデザイン思考を通じ実践を継続することで、インサイトが訪れる確率が上がると考えています。
デザイン思考は「技術中心から人間中心」へとイノベーションの本来の意味に我々を軌道修正してくれるアプローチです。
そのためには「対話」というプロセスが重要です。対話の繰り返しはデザイン思考のあらゆる場面で行われます。
表現した言葉や提示した試作品など、相手の顔の表情や目の輝きなどの反応からその人の感情を推測して言語化しさらに確認。またその情報から推測し修正することを繰り返し問題の発見につなげます。
また、発案したアイデアとそのアイデアによって実現される体験を試しに対象とする人に提示しその反応によって修正を繰り返したりもします。
デザイン思考とは人間を中心に思考することです。そして人間中心の思考を支えるのが観察や表現や実験であり、この観察や表現や実験を通じた対話の存在が不可欠です。
したがってインサイト発見の為のデザイン思考は、対話の促進とその質を高め創造性を発揮し、人々の生活や価値観を深く洞察し、潜在的に求めているものは何かを感じながら、対話しながら模索し試作を繰り返すことによって新しい価値を発見するプロセスと言えます。
実践としての価値共創マーケティング

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